繁忙期を過ぎ、楽になるかと思いきや、結構な仕事が残っている。だから暇な時間なんてない。
明日は月はじめだから結構な山場なのだよね。大丈夫かしら。
自由時間の過ごし方は、一昨日はプロット作り、昨日はホームページの勉強。今日もホームページに使おうかな。何かやってるってことが大事なのだよね。
あと8時間半寝ても寝足りない感じがいつもする。まあ休みになったら思い切り寝よう。
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 秋のはじめ、大して流行ってもいないのに風邪をひき、無理をして仕事をしていたが、耐えきれず週末に休みをとることになった。生まれつき病弱で、しょっちゅう寝込んでいたのだが、大人になってからは稀だった。
 残した仕事のことが気になった。なんとか土日をあわせた三日で治したい。休めば休んだ分仕事がたまる、後が辛くなるのだ。僕は強く咳き込むと、痰をティッシュに吐き出した。痰が黄色いところをみると、いささか長くかかりそうである。
 ぼんやりとした心もちで、天井の木目をながめていた。小学校を休んで床に臥せていたときも、同じように木目がそこにあった。一本一本、どこからどこにつながっているか、いくら調べてもキリがなかった。時間はたくさんあったので、飽きていても目で追っていた。
 たまに木目が人の顔にみえた時もあった。木目のまるいところが大きな目にみえて、僕を襲おうとにらんでいるようだった。そのときはひとり部屋にいるのが怖くなった。母を呼びたくなったが、何も起こらないことも実は知っていた。
 寝るのに疲れ、身体をおこし、部屋をみまわすと、小学生のころとは大分かわったものだと思った。本棚には漫画より小説や実用書が増え、ゲーム機も据え置きから携帯機へとかわっていた。
 風邪をひくと漫画も読ませてもらえないし、ゲームも禁止されていた。調子をくずすことがなにより怖かった。うがい手洗いも欠かさなかったが、月に一回は喉をやられた。
 大人になった今であれば、なにを禁止されることもない、漫画が読みたければ読めばいいし、ゲームだってやればいい、近場の自動販売機まで歩いていったって怒られない。
 でも仕事がある。風邪ははやく治さなければならない。なにかに縛りつけられているのは、今も昔もたいしてかわらないのだ。
 棚の上に人の顔を象った像が置かれている。少しだけ通っていた絵画教室で作ったものだった。土粘土でできたそれは鼻が異様にでかく、丸い目はまっすぐ壁に向いている。口は空洞になっていたが、のぞきみると大して奥行もなかった。
 僕は部屋に人をほとんど呼んだことがない。この像も日の目をみることもなく、ただ僕の部屋のどこかをながめているだけだ。まるで木目を数える僕のように。
 激しく咳き込むと、また痰がでた。ティッシュ箱はいっぱいになっていて、袋をかえなければならない。痰がでるのは嫌いではなかった、少しずつ菌を身体から吐きだしていく気がするのだ。
 無理に唾を飲み込むと、炎症をおこした喉が痛い。早く健康体にもどりかった。
 あまりに暇だったせいか、なんとはなしに粘土像を手にとってみた。ひんやりとざらついた手触りだ。ところどころヒビがついているのもわかった。
 近くでみると粘土像の表情に凄みを感じた。なぜかと思ったら、額から眉の間に斜めに切れた傷があるのだ。いかにも無頼漢のようだった。
 粘土像は作り手の僕にはあまり似ていなかった。むしろ父の方が近かった。太い眉に強い眼差しがだんだんと父のそれにみえてきた。
 また部屋をみまわした。みまわした後、昔のことを思いうかべた。小学生のあの時は少年漫画が沢山あり、スーパーファミコンにはゲームのカセットがささっていて、父がいて、いずれ戻る学校があった。
 急に人恋しくなった。就職の際に世話になった人に、初めて欠勤する報告をすることにした。携帯電話を耳につける。
「こんばんはKさん」
「うわっ、凄い声だね。風邪?」
「わかりますか」
 Kさんからはしっかり休んで月曜日に仕事に行く、当然のようで心がけねばならないことを言われた。こうやって話を聞くことで、不思議と前向きになったりするのだ。
 話が終わると、また退屈な時間をつぶさねばならなくなった。
 できれば風邪をひいて調子が悪いときなどは、治るまで眠っていたい。目がさえている時の苦しみと退屈が辛い。
 東洋医学というものがある。薬に頼らず、身体の持っている力で治す。父がよく言っていた。気持ちで「絶対治るんだ!」と思えば治ると。
 小学生の僕は本当にそんなもので治るのかと疑いつつも、父があまりに自信満々でいうので本当にそうなのではないかと思った。十分くらいずっと治る治ると念じ続けた。治らなかった。これでは効かないのかと次は五分ごとに胸のあたりに力を入れた。やはり無駄だった。いまでも僕になにが足りなかったのかわかっていない。
 布団に潜り何度も寝返りをする。上に目をやればやはり天井の木目があった。ただみているだけでなく、なぞったり、斜めに視線を動かしたり、起点から終点まで何度も往復した。この癖は昔とかわらず、たいして進化もしていない。
 暇が独創性を生んだ時もあった。五本の指を人に見立てて手遊びをしたこともあった。中指が頭で、人差し指と薬指が手、小指と親指が足である。
 時にはストリートファイター、時にはキン肉マン、時にはドラえもんを演出してくれた。当時はそれが本当に楽しく、いくらでも物語が作れたものだった。殴り合ったり囃し立てたり、指と指を交差させ、キン肉マンの必殺技であるキン肉バスターを再現したりした。
 両手を布団から出してまじまじと見つめてみた。何かしようと試みたが、やはり今の僕にはただの手にしかみえなかった。
 いつしか僕は気が遠くなっていく。
 彼がいた。
 彼は魚屋が被るような帽子に、灰色の長袖、ニッカポッカを履いたその人はそこに立っていた。太い眉毛と伸ばしっぱなしの髭には白いものが混じっていた。
「あなたは、大丈夫なんですか」
 僕が聞くと彼は「大丈夫だよ、全部治ったから」と段ボール片手に口笛を吹いていた。
「嘘だ!」
 僕は立ち去ろうとする彼を呼び止めた。
「大丈夫だから、心配すんなって」
 それは嘘だ。夢だ。幻だ。これは全部虚構のものなのだ。
 この人が元気なわけがない。それは、僕が一番知っている。
「あなたが元気なわけがないんだ」
 だって。
 失われたものだから。
「治ったものは治ったんだよ。お前は余計な心配するんじゃねえよ」
 こんなことになにか意味があるのか。なくなったものがあるように思ったところで、残るものは、むなしさだけじゃないのか。それ以上に、僕は言いたいことがたくさんあるのに。
「あなたは卑怯だ! 勝手にいなくなったり、姿を現したりして、僕が聞きたいことがあっても一方的に何か話して、いい気になって、消えていくんだろう! そのたびに僕は失うんだ。失い続けて、振り向いては傷ついていくんだ。あなたはそれをわかっているのか、いなくなってまで僕のことをかき乱すのか!」
「大丈夫だから」
「だからなにが!」
「大丈夫だよ」
 やめてくれ。と言いたかった。手を伸ばそうにも、僕には自分の身体がみえていなかった。どこに自分がいるのか、それすらもわからなかった。
 目が覚めると、部屋は真っ暗だった、かろうじて廊下に誰か人がいるのがわかった。兄だった。仕事から帰ってきたのだ。
「眠ってたのか?」
「ああ、おかえり」
 僕は目に涙がたまっているのに気付いた。部屋が暗くて助かった。
 兄が自分の部屋に戻っていくと、ティッシュで涙をぬぐい、電気をつけた。
 シャツがびっしょり汗で濡れていた。あとで取りかえなければならない。
 夕飯までいくらか時間がある、僕は両手を頭にしき、天井をながめた。
 いくつもの木目が並んでいた。細く長くまっすぐでない。一本一本数えては忘れていく。
 色々なものがなくなっていった。
いずれなにもかも全てなくなるのかもしれない、しかしこの天井の木目だけは今も昔もかわらなかった。また元気になれば木目のことなど気にせず日々を過ごすのだろう。そしていつかまた、思い出すのだ。
 たまった唾を飲み込んだ、痛みはいくらかひいていた。

このところ21時過ぎに寝てしまう。会社で具合を崩さないためだけど、努力の甲斐なく調子を崩す。
それであれこれやっているともう寝る時間だ。何か考えねばならない。

 友情というのはとても語りにくいし、語ったところで安っぽくなる気もするけれど、一つ書いてみようと思います。
 不動の友情を築いたと思い込んでいたら、一回の出来事で消えてなくなってしまうこともあります。僕はそれを思い出しては嫌な気分になり、しかも何年経っても引きずるから非常にタチが悪いです。
 しかしここで「良い奴だと思ってたのに!」とか考えてはいけません。そういう台詞を吐く人は大抵嫌な人です。しかも日記にそのことを書いて相手に見せつけたりしたら最悪です。僕はそういうことをしかねないと、己を戒めているし、やられたことは何度もあります。
 自分ではこの上なく大事に思っていても、相手にとって厄介な存在になってしまったらそれで終わりですよね。
 僕の持論だと、喧嘩しても仲直りできるのが結果として不動の友情になるのではないかと思います――
 まあ本当のところ僕なんぞはもっと嫌われないように言動を考えないといけないのですけどね……。

美味そう

比較

殻

今日は兄と一緒にFujiyama55というつけ麺屋に行ってきました。
前々から1kg挑戦を公言していましたが、ついに果たせる日がきました。
兄が頼んだ並盛りとの比較を見るとなかなかのものでしょう。
そして勢いよく食べ始めると、見る見る間に麺が減っていき、
気づいたときには綺麗さっぱり食べきってしまいました。
あまりに楽勝すぎて拍子抜けしましたが、さすがに胃にくる感じはありました。
次はもっと、って気持ちもさらさらないので、僕としては満足な結果でした。

 空の絵が描かれた天井はきれいなわけではない。クレヨン絵のような、ぼやけた様子が温かみを感じさせる。
視線を前に戻すと、TVモニターには北極の映像が流れていて、水槽にはネオンテトラが泳いでいた。部屋全体が心を落ち着かせる。
 僕はいろいろなものに守られていて、いささか窮屈だった。
 たとえば今すぐ駅に向かって日本中、旅をしてまわりたい。
 たとえば大学に入学して、キャンパスライフを楽しみたい。
 やりたいことが色々あるのに、僕は実行できた試しがない。
 前の席には白髪混じりの中年女性が猫背ですわっている。入口では、歳のわからない、がりがりに痩せた男が歩きまわっていた。
 瑞原さん、と主治医からのコールがきた。僕はカバンを背負い、診察室のドアを開けた。
「こんにちは」と頭の禿げた主治医が挨拶し、席に座るよう促す。
「調子はどうですか」
「最悪です、なにもする気がおきないんです。あと尿の出も悪いし、手が震えます。夜になると目がさえて仕方ないんです」
「そうですか、なるほど大変ですね」
 主治医がカルテになにか書いている。僕には読めない。
「先生、薬を減らしてもらえませんか」
 僕は一日に薬を二十錠飲んでいる。多分この薬の中にやる気を奪う成分が入っているのだ。なんとかして飲まないようにしたかった。
「まだその段階じゃないです。もう少し待ってください」
「ではそれがいつなのか教えてください」
「二年くらいスパンを置いて考えないといけませんね」
「そんな」
 僕は今二十二歳だ。二年後は二十四歳になっている。そんなに長い期間を無為に過ごすのは辛すぎる。
「最近幻聴は聞こえてますか?」
「いえ、聞こえていません」
 幻聴とはどういうものか、僕の場合そこらに聞こえる雑音が自分への悪口に変換される。ひどい時は絶えず聞こえていて、実は今も聞こえていた。
 嘘をついたことになるが、薬を早く減らしてもらうためにはそうするしかなかった。
「最近漫画は描いてますか?」
「描いてます。漫画家になりたいですから」
「その漫画今度持ってきてください」
 漫画の様子で精神状態がわかる、とのことだった。
 五分ほどの診察が終わると、待合室に戻った。
カバンを開けると、中には夏目漱石の「こころ」と、スケッチブックが入っていた。
 「こころ」は古本屋で購入してから一ページ目しか読んでいない。病気になってからまるで本が読めなくなってしまった。
 本が読めないだけではない、昔から僕はTVゲームが大好きだったが、それもできなくなった。とある名作ゲームをプレイしたが、クリアするどころか、最初のイベントで騎士たちに石を投げつけるところで心が折れて、続行不可能となった。
 スケッチブックを開くと、デッサンの狂った少女の絵、震えた手で書いた掠れた台詞、ちょっと頑張って描いたバランスの悪いドラえもん。酷いものだった。
 病気になる前は、もっと上手に描けていた気がする。手は震えていなかったし、そもそも絵に対する集中力が違った。
 つまり……病気になった今、どんなに頑張ったところで、健康だった時のようには描けないのだ。
 ではどうすればいいのか。僕は病院を後にして、なにも希望が持てなかった。

 公園のベンチで、無心に鉛筆を動かしていた。実はもうやめたかった。
 通りを歩く人を線と丸だけで描く訓練だ。それをすると滅茶苦茶上手くなる、とインターネットの友達が言っていた。しかしスケッチブックに描かれているのは棒人間ばかりで、こんなものがなんの役に立つのかわからなかった。
「ねーねえ、瑞原君。君はなんでそんな不毛なことばかりやってるのー?」
 鳩女が羽をまき散らしながら、無駄にでかい胸を寄せて僕の横に座った。青い豊かな羽毛を束ねた秀麗な顔はまさしくこの世のものではなかった。
「社会が怖いからって、一人で毎日こんなことしてたらもっと追い込まれちゃうんだよ! 瑞原君は一度入院してるからわかると思うけど、人は選択を間違うと取り返しのつかないことになっちゃうの! ゲームオーバーって本当だよ」
 鳩女が僕の腕をたぐり寄せてくる。白い肌の感触は柔らかい。
 僕はなにがあっても、鳩女に返答するわけにはいかなかった。入院した時に気づいたのだ。「幻聴」に返事をすると、結果的にひとり言になることを。ひいては社会的に抹殺される。
 スケッチブックを畳み、夕闇の中、家路についた。鳩女がスキップしながら追ってくる。
 何故鳩なのか。僕は昔、足の折れた鳩を鳥獣センターまで連れて行ったことがある。十年程経っただろうか。その時の鳩が恩返しにやってきた。という幻が見えるようになった。
「瑞原君、幻聴はあたしが止めてるから安心して、だからその間に」
 鳩女の言葉が悲しい。鳩女自身が幻聴なのに。確かに僕自身を攻撃するものは少なくなった。それでも先は暗い。
 短い人生の中でこんな時間を過ごしていいものかと思う。この先ずっとこのままだったら、生きている価値などあるのだろうか。
「瑞原君、死んじゃダメだから」
 鳩女が僕の肩を抱いた。
 家に戻ると、食卓を素通りし、自分の部屋に入った。
 パソコンの電源をつけ、ポテトチップを食べながらブラウザを開く。
インターネットで知りたいだけの情報を知ると、家でやることはなくなった。
 布団に潜って仰向けになる、ぼーっと四角い枠に覆われた天井を眺めた。
なにもない。なにもないことに意味がある。悲しいのだ。
 流れのまま涙を流す。レールに乗り損なった自分。若いのに輝いていない僕。
 机の上に置いてあるのは同窓会の案内状だった。電話も来た。委員長。女子に人気のあるハンサムな男だった。
 あいつはなにをやっているのだろう。電話が来たということは、実家にいるのだろうか。無性に気になった。
 もしあいつを一日尾行して、その充実した人生を垣間見ることができたとしたらどうだろう。もしかすると彼女とデートでもしているところを目撃できるかもしれない。いや、予想外の展開だって起こりうる。あいつは彼女と別れ話を切り出す、泣いて嫌がる彼女。一人席を立ちその場から立ち去るあいつ。そうなったら僕の興味は彼女の方に移る。僕はそういうシチュエーションに飢えているのだ。
 しかし鳩女の寂しげな視線に気づくと、僕はそのまま目を瞑り寝てしまった。

 起きたとき、既に日は変わっていた。時計をみると午後一時だった。
 相変わらずなにもする気にならなかった。鳩女もいない。
 二週に一度の病院以外、どこに行くあてもない。
 僕はまだ二十二歳だ。野球選手だったらルーキーだ。これっからはじまりなのだ。それなのになんで、こんなに前が暗いのだ。
 机の上にある漫画は全然進んでいない。そもそも最後まで描くアイデアが浮かばない。漫画家にはなれない。
 なら描けばいい。鉛筆を握る。手が震える、かすれた線が描かれていく。これは絵ではない、落書きだ。
 ああああー! と叫ぶ。頭を抱えてうずくまる。
 辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い。
 落ち着いた。何もかわらない。時間だけがすぎていく。
横に置いてある睡眠薬のカプセル。これを二十錠くらい飲めば死ねるだろうか。
 ああ、そうだ。
いつ死んでも同じだ。
もう、寝ていたいのだよ。
眠くなってきた。

突発的に死のうと思った。
 未練はたくさんあった。
 でもどうしようもなかった。だってできないのだから。
 これから行くところは閻魔のところだろうか、いっぱい嘘もついたし、人を悲しませたから多分そうなるだろう。
 まわりを見ても闇ばかり、死ぬってのはこういうことか。
「だめ! 瑞原君!」
 鳩女だった。闇の中、鳩女だけが鮮明にみえていた。
「そっちに行ったら二度と戻れなくなっちゃうよ! いくら疲れてたからってそんなに簡単に死んじゃったら、せっかく生まれたのになんの意味もなくなっちゃうんだよ!」
 鳩女が涙に目を濡らし僕の肩をつかむ。
 駄目だ。未練なんて、ない。早く、行かないと。
 どこへ?
「ねえ聞いて、瑞原君は足が折れたあたしを助けるため、自転車で半日もかけて鳥獣センターまで連れてってくれたよね。途中で道行く人に馬鹿にされても諦めないで、やりとおしてくれたじゃない。あたしあそこで治療を受けて、その後五年生きたんだよ。だから今度はあたしが瑞原君を助けるの」
 僕はたしかに鳩を助けた。でもそれは自己満足のためだった。鳩を助けた自分、という称号がほしかったのだ。決して善意だけでやったわけじゃない。感謝されるほど立派なものじゃない。偽物だ。
「偽物だっていいじゃない!」
 鳩女は羽をまき散らしながら僕をまっすぐみつめる。
「人はそんなに単純じゃないんだから!」
 鳩女が僕の唇を塞いでいた。僕は全身が強張り、なすがままにされていた。
 僕はとても狭い世界の中に閉じ込められて、複雑なものをなにも知らない。
「漫画家を目指すのはいいと思う、でも瑞原君、君は大切なものを見失ってるの。それは、生きなきゃいけないってこと」
「じゃあ、どうすれば?」
「外に出ようよ」
 鳩女が腕を挙げる、すると視界が明るくなっていった。
「頑張ってね、瑞原君」

 気づいた時、僕は病室で点滴を受けていた。
 聞くところによると、鼻に管を入れられ胃洗浄を施されたらしい。母親に泣かれ、親父に殴られた。
 その後、結局また入院する羽目になってしまった。前と病棟が違ったのは不幸中の幸いだった。戻ってきちゃったの、と言われなくて済むからだ。
 主治医からは、ここからはじめましょう、と言われた。今回の反省を活かし、退院後も通えるよう施設を紹介してもらった。
 施設ではピーズアートを作っている。爺さん婆さんばかりだが、ずっと病棟の中にいるよりは大分ましだった。
 病棟に今、可愛らしい女の子が入院している。一つその娘に作品をプレゼントしようと思う。どんな嫌な顔をされるかもわからない。だが良い。鳩女の言葉を思い出すのだ。
 外に出よう。
僕以外の何かを知りたい。
人はそんなに単純じゃない。
だったら何もかも知ってやろうじゃないか。
黄緑色に光る指輪が完成した。
結末は如何か。
少なくとも、終わりはまだ遠い。人生は未だ暗い。
でも足りないものだらけで当然だ。
要はいつから始めてもいいのだろう。
一歩足を踏み出した。
我が人生に、幸あれ。(了)

日記をここ四年ほど毎日書いています。
自分が当然のようにやっていることが人にとっては苦行だったりすることに最近気づいたのですが、
自分からすれば文章力も上達するし、気持ちの整理もできる。しかし最近頭打ちになりつつあります。
まあ何がしたいかというと、日記をやめて別のものを書こうと思うのです。なるべく長文で。
理想としては僕が運営しているN戦場のYS氏初期の感じでいきたいと思います。

レイトンVS逆転裁判クリアした。
多分巧シューの作る最後の逆転裁判になるんだろうけど、
本当に最高の出来だった。レイトンとのコラボも大成功だった。
今日はもう寝なければならないけれど、
クリアした友達と話をするのが楽しみである、

佐藤友哉の小説にデンデラという小説があります。去年映画も観ました。
姥捨て山の話なのですが、生き残った老婆たちが集落を作っていたというトンデモ展開です。
主人公がデンデラにたどり着いたとき老婆の数は五十になっていて、今こそ自分たちを捨てた
子供たちを皆殺しにして一大勢力を作ろうと意気込んでいます。
とまあ、この初期目標は達成されると話が終わってしまうので、別の展開が待っているわけですが。
映画だと独自のエピソードがあり、話の大筋とはまるで関係ない、孤独な老婆の老いを感じさせるシーンがあります。どんなに平和で、どんなに物に満ちていようとも、老いだけは隠せない。
今でこそ色々な考えはありますが、やはり老いというのは悲しいものではないのか、と思わされました。それもたいていの姥捨て老人はデンデラにすらいけなかったのですから。

サンプル1hp

僕はデザイン力がからっきしなので、せめて本を見ながら模倣をしております。
画像の段階で終わらず、気に入ったのができたら実際に組んでみるのがいいかな。

仕事は絶え間無いし、怒られるし、いささか疲れた一日だった。
何をやっても上手くいかない気がした。犬の散歩をしっかりできたことだけが誇れることで、あとはダメダメだった。疲れた。

どう書けばしっくりくるかわからないが、僕はインターネットを見るときかなり飛ばし読みをしている。
それもある程度内容を理解した上で。一緒にページを見ている人にちゃんと見ているのかと怒られたりもした。
もしかしたらそれが速読に役に立っているのではないか、と今思っている。一度読んだ小説を一冊、有吉の本を一冊試してみたが、読後感が普通に読んだのとさして変わらない。当てた時間はそれぞれ一時間弱。もしこれがどの本でも同じようにできるのであれば、恐ろしいことである。
まだ可能性を開いただけなので、分からない点も多い。そもそも本を純粋に楽しむ読み方ではないので、小説は普通に読んだほうが良い。ただ、新書や資料等、知識を得ることを目標にするのであれば、大変役に立つのではないか。

最近学校のレクレーションが週一になった。やや頻繁すぎると思うが、足繁く通ってしまう自分がいる。雪が降ると聞いていたが降らず、普通にバイクで行くことができた。
最近興味を持っている速読の話や、プログラミング、パソコンボランティアの話。なんとまあ色気のない話ばかりだが、僕がしたい話題というのはこんなものだったりする。
閉所ギリギリまで話し込んだのだからそれなりに盛り上がったのだ。

帰りには図書館に寄って、色々と本を借りてきた。探している本があるはずの場所にぽっかりとなくなっていて、図書館員の人に聞こうと思ったけれど、忙しい中頼むのもどうかと思い、それはまたの機会にすることにした。

明日で休みも終わり。まだ一日あると思えば悪くないと思う。

仕事がある日の朝は早い。
少し早目に起きても、身支度をして食事をしているあいだにギリギリの時間になってしまう。
バイクに乗って駅まで十五分弱。ダウンジャケットの隙間からひんやりと風が吹き込んでくる。
いつもは電車に乗っているあいだに本を読むが、最近は仕事の負担が多いため、少しでも体力を温存しようと控えていた。

結論をいうと今日も具合が悪くなった。このペースで行けば大丈夫だと思っていた最中だったので、思うままにいかない歯がゆさがあった。メインの仕事を先輩に代わってもらい、自分は雑用をこなす。大変申し訳がなかった。

敗北感を引きずらないように、次につなげていこうと思う。

去年一年というもの、初めて通して働いていささか疲れがたまっていた。この六日間、序盤は勉強に、後半は遊びに使い、休みをすっかり満喫した。
最終日は友人のライカと兄でゲームで遊んだり、まったり話したりした。ゲーム業界が十年前と比べて明らかに衰退しているのを嘆いたりした。それはそうと面白いゲームもぞくぞくと出ていたりもして、僕も早く逆転裁判VSレイトンをクリアしてシュタインズゲートをやらなければと、どんどん遊びの方に思考が動いていった。

だが明日は仕事である。

休みは終わりつつあり、マイミクの理須君とスカイプをしていてもどんどん時間は進む。この先どうなるのか、明日が過ぎればまた変わるのか。

自信満々に、仕事なんてなんでもないぜ! と楽観的に構えられればもっと前日も気合十分に臨めるのだろうか。六日も休めば年明けの仕事だし、新鮮な気分で取り組むことはできると思う。問題は、量だ。正月にたまった仕事が一気に突きつけられるわけで、これは一筋縄で終わるはずがない。

残業覚悟でやるか。
日記を書いている間に腹は据えた。

朝起きて作家でごはんの鍛練場でついた感想を読んだ。
この上なく厳しい意見だったし、悩ましい気分にもなったが、素直に受け入れるのが自分流なので、次に繋げていくことにした。
お歳暮で買ったハムが残っていたので、昼はそれとうどんを食べた。どうも物足りなかったが、年末年始にかけて食生活が乱れ気味なので、ちょうどいいのかもしれない。
三箇日の二日目で初売りだが、特に買い物に行ったりはしなかった。外の世界に触れるのは仕事初めからで良いし、生粋の引きこもりとしては正しい選択だろう。
明日で休みは終わりで、東京から友達が遊びに来る。楽しみだし、また僕も東京に遊びにいきたい。繁忙期が終わりに近づいているので、多分余裕もできるはずだ。

本日二つ目の日記。

去年は父が応援していたヴァンフォーレ甲府もJ1昇格を果たし、喜ばれているのではないかと思います。今年もまた始まりました。

抱負としては、パソコン技術の向上。アビリンピックでの入賞を目標に頑張っていきたいです。
まあ既に勉強は始めているし、改めていうことでもないのですが、
結果を残すのは大事だと思います。
あとひとつは、形に残るものではないのですが、人と話すとき一歩置いて考えられる余裕を身につけたいです。余裕があってこそ直感も働くと思うので。

元旦ももうすぐ終わりですね。頑張っていきましょう。

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