今日は病院に診察に行ってきた。
絶不調時に起こる身体の異常について相談してきた。とりあえず薬は変えず、様子をみることに。
待合室で待っている間には元担当スタッフのKさんと色々と仕事の話をした。現状をありのままに
話していろいろアドバイスをいただいた。
僕は最近でこそ寝込んでばかりいるが、仕事をはじめるまでに通っていた施設では
調子を崩すことは少なかった。仕事がはじめたらだめになったと思うのか、
前段階で調子を崩さなかったからこそ仕事を二年続けられたと思うのか微妙なところである。
流行りの新型鬱なんじゃないかとも疑ったけれど、そもそも症状が全然違う。
自分の病気の正体を正確に知っておくべきだ、ともKさんからアドバイスを受けた。しかしそれが
わかれば苦労しない気もする。

駅前の寿司屋で寿司を食べた。ビントロを頼んだら今はカジキが時期だといわれたので頼んだら本当に美味かった。寿司は人生のモチベーションの一つで、これが食べられなくなったら悲しいと思う。
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月曜日の体調不良はほとんど限界だった。帰ってからもうめき声を上げながら布団に突っ伏す始末。二年間頑張ってきたけれど、ついに心が折れてしまった。
それで色々話し合った結果、来週一週間は会社を休むことになった。今はなんともいえないけれど、既に結論は自分の中で出ている。明日は診察を受けにいく予定。

職場の待遇には不満がなかった。しかし遠かった。なので遅くとも朝6:30には起きて会社に行かねばならなかった。職場で具合が悪くなると帰れなくなることが多々あった。恐ろしい目に遭いながら仕事をしていくのはもう疲れた。この一週間は身体を大事にして、好きなように過ごそうと思う。

思えばこれほど長く勤めたのは人生ではじめてだった。他の社会人に多少なりとも近づけたのだろうか。そしてなれたのだろうか。

今日朝起きたら既に午前十一時になっていました。昨日そんなに遅く寝たわけではないのですが。
なんとなく明日に控えた仕事にプレッシャーを感じながら過ごしました。三連休もあれば十分休んだはずですが、なかなか前向きにいかないものです。
なにしろ年度末だから、かならず済ませておかねばならない仕事がいくつかあって、それがプレッシャーになります。なかなか気軽にできないのですね。
とりあえず風呂に入って、早めに寝ようと思います。きっと……大丈夫。

最近速読を始めてから本ばかり読んでいる。そのせいでアビリンピックの勉強や執筆が止まってしまっているけれど、ユーキャンのプログラムを全部終えるまではこんなものでいいのではないかと思う。
今日は有名な「はがない」を読んだけれど、全くもって男の妄想を形にしたようなハーレム小説であった。友達がいないという言葉に深い意味があるのだろうけれど、僕は全くそんな方には目がいかなかった。前者のイメージが強すぎたのだ。
主人公が不良と間違われるのは「とらドラ!」 と同じ要素だし、どっちが先かわからないけれど女の子と一緒にエロゲーをやるのは「俺の妹がこんなに可愛いはずない」と同じだ。多少加工してあっても、既視感があるのは否めない。ただ強化されているので、全体的な面白さが底上げされているのだろう。

トルコ民族主義という本も読んだ。モンゴル高原からはじまって各地に移動していったトルコ民族は相当広い地域に点在している。ただ民族主義が起こったのは比較的近代らしい。現在進行形で多くの問題を抱えているし、きっとこれからも問題は増え続けていくのだろうなあと思った。
ブルガリアもスラブ民族かと思えば、建国当初はトルコ系、アゼルバイジャンだってトルコ系。という知識をえることができた。

速読といっても、硬い本を読むのはそれなりに時間がかかるし、以前の二倍の速度で読めるようになっただけだから、超人的な速読とはちょっと意味合いが違うと思う。一応全部の文字に目は通しているしね。だからまあ前々からの読書スピードが遅いという悩みがなくなったわけで、めでたいことである。

明日で連休も終わり。今から仕事をプレッシャーに感じても仕方がないけれど。まあ楽しもう。

たまーに一人暮らししたい欲求が向いてくると、ヤフー不動産とかで駅から5分くらいの物件を探してしまう。経済的には自立できるんだからとっととすりゃ良いと思うのだけど、心の病気の母とさんざん口争いしなきゃならないと思うと諦めてしまう。争いごとは嫌いなので、穏便にひとり暮らしに持ち込めないものかと思案を巡らすも何も良い手がない。
それと陸旺である。八歳になるけれどまだまだ元気だ。散歩させにゃしゃーないけれど、一人暮らしするとなると毎日散歩してもやれない。
やっぱり大学時代に色々あって上手くやれなかったのが痛い。今だって父が健在であればそんな時も力を貸してもらえるのに。失ったものは大きい。
もちろん一人暮らしするには覚悟が要る。でも母親が悪者に嫌がらせをされるとかマジで言ってると気持ちが萎えてしまう。不動産なんて見るだけ時間の無駄なのだ。本当はもっと大事なことがある。ただなんとなく縛り付けられている感じがモヤモヤするのだ。

昨日の不調を背負ったまま、朝からしんどいしんどい調子悪いと重い頭を抱えながら仕事をしていたら、昼くらいには大分ましになっていた。
結局月曜日なのに最後まで具合を崩さず仕事を終えることができたわけで、まったくわからないものだ。
明日行けば水曜日休みだから、とりあえず一日やりきろう。

二日休みあったけれど、月曜日を控えた今日の夜は絶不調。布団で寝ても全然調子が上がらず、目立ったことは何もしていない。
仕事が終わらないし、職場で具合悪くなるから終わるめども立たなくなった。
先生方は気にするなと言ってくれるけれど、終わらなければそれはそれで問題になるだろう。
直属の上司は極力気遣ってくれているけれど、午後まるまる寝ているなんてことでは
評価も下がるに違いない。
寝ているからといって楽なわけではない。調子がもどるまで滅茶苦茶苦しいのだ。そこはなかなか他人には理解の及ばないところだと思う。
多分立ち直るんだろうけど、なんとかなるのだろうけど。

今日は職場で機械いじりをする機会があった。詳しくはいえないが、大変楽しい作業だった。ソフトウェアもだけど、ハードウェアも詳しくなりたいものだ。
半日くらいずっと作業してたので、大分疲れた。具合が悪くならなかっただけ儲けものである。

家に帰ってからは速読を休んで布団で寝てた。その後「アメリカ人と日本人」という本を読んだ。アメリカが六十年代に入り如何にすさんでいったか。資本主義が利己主義へと向かい、社会はどうなったかが書かれている。この本が書かれた時点では八十年代だったため、日本は割と安全圏にいるような印象を受けたけれど、今の日本も離婚問題に関してはアメリカを笑えないし、色々遅ればせながら荒んでいくのかもしれない。
日本人は働きすぎというけれど、過去の欧米諸国も勤勉に働いたから豊かになったんでしょ、と皮肉を込めて書かれている。こうしてみると色々勝手なこと言われてたんだね。
あ、でもそういえばサムスンの社員って滅茶苦茶働いているみたいだけど、豊かになっていく過程なのだろうかなあ。やや不気味にすら感じるのは、欧米諸国がみた日本と同じことなのかもしれない。

今日は図書館に行ってきました。豪勢にカードで借りられるだけ借りました。全部読みきれるでしょうか。
昨日結構活発に動いたせいか、今日はほとんど寝てました。やはり疲れは蓄積するので、どこかで休まねばならないのです。
色々山積みですが、明日も仕事行ってきます。

アビリンピックが終わってから三ヶ月くらいは毎日勉強していたのだけど、速読を始めてから大分ペースダウンした感がある。
それじゃいけないと思い、ホームページをリニューアルしたり、デザインの企画に応募して力を試したりした。
しかしそれでは足りない。毎日やらなきゃ届かない。速読は5月には終わるから、それから勉強すれば良いのかもしれない。しかし遠い目標になるべく近づいていたいという気はある。
楽しみは今から遠いところにある。手でいくら探ろうが掴めない。ネットで検索したって近づけやしない。そもそもまだ公式サイトすらできていないし出られるかどうかもわからない。一人で勝手に盛り上がっているのは滑稽だろうか。

そうはいっても心を忘れないようにしないといつの間に人を傷つけているかもしれない。僕はそういうところある。

速読の方は順調ですっかり多読になることができた。速読というより読むのが普通に速くなっただけだけど、そういう技術が欲しかったのだ。

今日先輩に怠慢ぶりを叱られた。
仕事の終わり5分前に片付けをしはじめたのが原因だけど、これは僕が悪かった。
先輩はその時も仕事をしていたからだ。
今日の僕は調子を崩しそうだったので、仕事のペースを落としていたのもよくなかったのだと
思う。
仕事をしている時間は会社のものと割り切って、もう少し時間を切り詰めて仕事をすることにする。

http://teamtimeline.web.fc2.com/index.html

本日二件目の日記。
久々にホームページいじりました。
全然更新してなかったから広告が入っている……。
HTML5仕様にしたため、古いブラウザだと反映されないデザインも多いです。
IEでしたら10推奨です。

前日に引き続きパルムの僧院下巻を読む。昔じゃ一日経っても読み終えないような読みにくい本だったけれど、今は普通に読める。
ついに主人公逮捕されて独房入りになるけれど、むしろ好きな女の子と距離が縮まって嬉しいという意外な展開。
恋愛に大して冷めているとばかり思っていたのに、実は恋というものがどういうものかわかっていなかったようです。ここからはもう女の子に夢中で、その娘とどうくっつくかに腐心することになります。例によってやりたい放題。彼に比べれば「カツ・コバヤシ」なんてどれほど理性的かわかりませんよ。
最後の50ページは前にも勝る急展開で、タイトル通り終わっていく感じです。話の中に無駄が多く、読みにくいところもありますが、恋愛感情の書き方が凄くうまくて、主人公以上に他の人物も魅力的なんですね。時の洗礼を受けた作品ということなのでしょうか。

読みにくい本は時間がかかるので、なかなか手をつけられなかったのですが、読むのが速くなったので前々から読みたかったスタンダールの「パルムの僧院」の上巻を読みました。
物語の主人公って、結構無茶をやる人が多いと思うんです。ガンダムなんかじゃ一歩間違えれば相当ひどいことになっているけれど、すれすれでなんとか切り抜けるんですが、パルムの僧院の主人公ファブリスもそれはもう滅茶苦茶やるわけです。
最初は理想のため、後半は欲望のために戦争に参加したり、色恋沙汰やらしまいには人を殺したり、それでいて周囲が守ってくれるからなんとか生きていられる感じです。
そういうキャラクターだから、恨みを買ったり嫉妬の対象になったりして、じわじわと外堀が埋められているような印象も受けます。一体下巻でどうなるか楽しみです。
僕は欲望のために無茶をあまりしないので、ファブリスにあまり共感はできないのですが、こんなに好き勝手生きていられたら楽しいだろうなあとは思います。

そして今日の出来事。
最近週末は学校のレクレーションばかりですが、今日もクレープを作って食べてきました。食いすぎたんで太りますね。
現利用者の方と車の免許について話をしたのですが、僕が自分の年齢を気にしていると、三十代とかで免許を取りに来る方もいましたよ、と言われて少し嬉しくなりました。いつか取ろうと思います。

浦島太郎をはじめとして、過去に行ったり未来に行ったり、タイムスリップ物は星の数ほどありますが、未来を書くなら何もタイムマシンなんて必要ないですよね。
相対性理論によれば未来にはいつでも行けるらしいし、インドネシアのジャングルで何十年も潜伏していた日本軍兵士が帰国した、とかでもタイムスリップしたのとなんら変わらない展開が書けるのです。
この作品では三十年間意識不明だった学生運動家の高校生が現代の学校に復帰するという話で、当時の友達や社会の変化に驚くわけです。
で、ガチガチの学生運動家だった主人公は周りの生徒に異様な目で見られながら、学生運動を今の高校生たちに持ち込むわけです。あまりの過激ぶりに教師たちからは文化祭の中止という厳しい措置をとられますが、生徒たちや人気ラッパーまで巻き込んで自主文化祭を敢行するのです。
現実の学生運動は内ゲバなどで迷走していったわけですが、主人公の掲げる理想というのはあくまで「自由」と単純明快です。僕は知らないのですが、初期の学生運動ってそんな感じだったのでしょうか。
僕は学生運動に共感をしたことがないのですが、当時の青少年なりに情熱を持っていたことは理解できました。そしてビートルズが不良が歌うような歌だった、なんて言われていた時代だったわけで、ある意味住民権を勝ち取ったといえるのかもしれません。
しかしこの小説は最後にあっけないラストを迎えます。そのあっけなさが、情熱に先がなかったことを暗示しているようでなりません。
半年だけ通った大学時代。小汚い格好にハチマキをつけて校内を回っていた老人のことを思い出しました。今、彼は何と戦っているのでしょう。

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