秋のはじめ、大して流行ってもいないのに風邪をひき、無理をして仕事をしていたが、耐えきれず週末に休みをとることになった。生まれつき病弱で、しょっちゅう寝込んでいたのだが、大人になってからは稀だった。
 残した仕事のことが気になった。なんとか土日をあわせた三日で治したい。休めば休んだ分仕事がたまる、後が辛くなるのだ。僕は強く咳き込むと、痰をティッシュに吐き出した。痰が黄色いところをみると、いささか長くかかりそうである。
 ぼんやりとした心もちで、天井の木目をながめていた。小学校を休んで床に臥せていたときも、同じように木目がそこにあった。一本一本、どこからどこにつながっているか、いくら調べてもキリがなかった。時間はたくさんあったので、飽きていても目で追っていた。
 たまに木目が人の顔にみえた時もあった。木目のまるいところが大きな目にみえて、僕を襲おうとにらんでいるようだった。そのときはひとり部屋にいるのが怖くなった。母を呼びたくなったが、何も起こらないことも実は知っていた。
 寝るのに疲れ、身体をおこし、部屋をみまわすと、小学生のころとは大分かわったものだと思った。本棚には漫画より小説や実用書が増え、ゲーム機も据え置きから携帯機へとかわっていた。
 風邪をひくと漫画も読ませてもらえないし、ゲームも禁止されていた。調子をくずすことがなにより怖かった。うがい手洗いも欠かさなかったが、月に一回は喉をやられた。
 大人になった今であれば、なにを禁止されることもない、漫画が読みたければ読めばいいし、ゲームだってやればいい、近場の自動販売機まで歩いていったって怒られない。
 でも仕事がある。風邪ははやく治さなければならない。なにかに縛りつけられているのは、今も昔もたいしてかわらないのだ。
 棚の上に人の顔を象った像が置かれている。少しだけ通っていた絵画教室で作ったものだった。土粘土でできたそれは鼻が異様にでかく、丸い目はまっすぐ壁に向いている。口は空洞になっていたが、のぞきみると大して奥行もなかった。
 僕は部屋に人をほとんど呼んだことがない。この像も日の目をみることもなく、ただ僕の部屋のどこかをながめているだけだ。まるで木目を数える僕のように。
 激しく咳き込むと、また痰がでた。ティッシュ箱はいっぱいになっていて、袋をかえなければならない。痰がでるのは嫌いではなかった、少しずつ菌を身体から吐きだしていく気がするのだ。
 無理に唾を飲み込むと、炎症をおこした喉が痛い。早く健康体にもどりかった。
 あまりに暇だったせいか、なんとはなしに粘土像を手にとってみた。ひんやりとざらついた手触りだ。ところどころヒビがついているのもわかった。
 近くでみると粘土像の表情に凄みを感じた。なぜかと思ったら、額から眉の間に斜めに切れた傷があるのだ。いかにも無頼漢のようだった。
 粘土像は作り手の僕にはあまり似ていなかった。むしろ父の方が近かった。太い眉に強い眼差しがだんだんと父のそれにみえてきた。
 また部屋をみまわした。みまわした後、昔のことを思いうかべた。小学生のあの時は少年漫画が沢山あり、スーパーファミコンにはゲームのカセットがささっていて、父がいて、いずれ戻る学校があった。
 急に人恋しくなった。就職の際に世話になった人に、初めて欠勤する報告をすることにした。携帯電話を耳につける。
「こんばんはKさん」
「うわっ、凄い声だね。風邪?」
「わかりますか」
 Kさんからはしっかり休んで月曜日に仕事に行く、当然のようで心がけねばならないことを言われた。こうやって話を聞くことで、不思議と前向きになったりするのだ。
 話が終わると、また退屈な時間をつぶさねばならなくなった。
 できれば風邪をひいて調子が悪いときなどは、治るまで眠っていたい。目がさえている時の苦しみと退屈が辛い。
 東洋医学というものがある。薬に頼らず、身体の持っている力で治す。父がよく言っていた。気持ちで「絶対治るんだ!」と思えば治ると。
 小学生の僕は本当にそんなもので治るのかと疑いつつも、父があまりに自信満々でいうので本当にそうなのではないかと思った。十分くらいずっと治る治ると念じ続けた。治らなかった。これでは効かないのかと次は五分ごとに胸のあたりに力を入れた。やはり無駄だった。いまでも僕になにが足りなかったのかわかっていない。
 布団に潜り何度も寝返りをする。上に目をやればやはり天井の木目があった。ただみているだけでなく、なぞったり、斜めに視線を動かしたり、起点から終点まで何度も往復した。この癖は昔とかわらず、たいして進化もしていない。
 暇が独創性を生んだ時もあった。五本の指を人に見立てて手遊びをしたこともあった。中指が頭で、人差し指と薬指が手、小指と親指が足である。
 時にはストリートファイター、時にはキン肉マン、時にはドラえもんを演出してくれた。当時はそれが本当に楽しく、いくらでも物語が作れたものだった。殴り合ったり囃し立てたり、指と指を交差させ、キン肉マンの必殺技であるキン肉バスターを再現したりした。
 両手を布団から出してまじまじと見つめてみた。何かしようと試みたが、やはり今の僕にはただの手にしかみえなかった。
 いつしか僕は気が遠くなっていく。
 彼がいた。
 彼は魚屋が被るような帽子に、灰色の長袖、ニッカポッカを履いたその人はそこに立っていた。太い眉毛と伸ばしっぱなしの髭には白いものが混じっていた。
「あなたは、大丈夫なんですか」
 僕が聞くと彼は「大丈夫だよ、全部治ったから」と段ボール片手に口笛を吹いていた。
「嘘だ!」
 僕は立ち去ろうとする彼を呼び止めた。
「大丈夫だから、心配すんなって」
 それは嘘だ。夢だ。幻だ。これは全部虚構のものなのだ。
 この人が元気なわけがない。それは、僕が一番知っている。
「あなたが元気なわけがないんだ」
 だって。
 失われたものだから。
「治ったものは治ったんだよ。お前は余計な心配するんじゃねえよ」
 こんなことになにか意味があるのか。なくなったものがあるように思ったところで、残るものは、むなしさだけじゃないのか。それ以上に、僕は言いたいことがたくさんあるのに。
「あなたは卑怯だ! 勝手にいなくなったり、姿を現したりして、僕が聞きたいことがあっても一方的に何か話して、いい気になって、消えていくんだろう! そのたびに僕は失うんだ。失い続けて、振り向いては傷ついていくんだ。あなたはそれをわかっているのか、いなくなってまで僕のことをかき乱すのか!」
「大丈夫だから」
「だからなにが!」
「大丈夫だよ」
 やめてくれ。と言いたかった。手を伸ばそうにも、僕には自分の身体がみえていなかった。どこに自分がいるのか、それすらもわからなかった。
 目が覚めると、部屋は真っ暗だった、かろうじて廊下に誰か人がいるのがわかった。兄だった。仕事から帰ってきたのだ。
「眠ってたのか?」
「ああ、おかえり」
 僕は目に涙がたまっているのに気付いた。部屋が暗くて助かった。
 兄が自分の部屋に戻っていくと、ティッシュで涙をぬぐい、電気をつけた。
 シャツがびっしょり汗で濡れていた。あとで取りかえなければならない。
 夕飯までいくらか時間がある、僕は両手を頭にしき、天井をながめた。
 いくつもの木目が並んでいた。細く長くまっすぐでない。一本一本数えては忘れていく。
 色々なものがなくなっていった。
いずれなにもかも全てなくなるのかもしれない、しかしこの天井の木目だけは今も昔もかわらなかった。また元気になれば木目のことなど気にせず日々を過ごすのだろう。そしていつかまた、思い出すのだ。
 たまった唾を飲み込んだ、痛みはいくらかひいていた。
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相変わらず忙しい

21時に寝る

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