俺たちはあいつを見上げて生きてきた。
 その見上げるとは、才能や実績のような抽象的なものではなく、物理的なものだった。
「俺、華子に告白する」
 良平が俺にそう告げる。「あいつ」の名前は高嶺華子。俺と良平、華子は幼馴染で、いつも三人でつるんでいた。
「お前、なんで俺にそんなことを」
「だって、お前も華子のこと好きなんだろ。それを知っていた上で告白するから、まずお前に話すんだ」
 良平は馬鹿正直で、純朴な男だ。それは十年友人をやっている俺が言うのだから間違いない。それでも俺はショックだった。良平の言っていることは百パーセント真実だからだ。
 俺は今日お前を出し抜く、良平の決意に満ちた眼差しがそう言っていた。
 そうと言う間に華子が下駄箱にやってきた。良平はゆっくりと、強い足取りで華子に近づく。
「華子!」
 華子が長い艶やかな髪を揺らし、良平にその睫毛の長く大きい瞳を向ける。
「どうしたの? 良平、息がきれてるよ」
「俺は! 俺は……!」
 良平が首を反らし、遥か上を見上げて、身体を震わせている。勢い余って近づきすぎたのが悪かった。角度的に華子も、良平もギリギリの首の位置で向かい合うしかなかったのだ。
 それというのも、華子は中学生にして身長二メートルを越そうかという大女で、対する良平は小学生と間違われる程の背丈しかなかった。
「お、お、お、俺は……」
 駄目だ、完全にあの背丈に圧倒されている。俺はあいつのもう一つの特性を知っている。それは俺にも共通することだが、物凄い小心者なのだ。
「お、お、お前背ぇでかすぎるんだよでか女!」
 良平が腹の底から叫んだ声は罵倒だった。良平は顔を真っ赤にして、何処かへ走り去っていった。何やってんだ!
 華子は手の平を唇に当てて立ち尽くしている。俺は華子に近づき、声をかけた。
「華子、大丈夫か」
「大丈夫だけど、ど、どうしたのかな、良平。なんであんなこと私に言ったのかな。ずっと、私の事嫌いだったのかな。私、何か悪いことしたのかな」
 華子が口元を歪め、瞬く瞳に涙が潤み、その艶のある肌に落ちようとしている。俺は顔一つ半程背丈が高い華子を見上げ、この身体付きと相反する繊細な少女をどう慰めようか悩んでいた。
 すると、校舎の影で、良平が俺たち二人の様子をちらちら見ながら隠れているのに気付いた。
 今、告白しておかなければ、立ち直った良平に華子を取られるかもしれない。俺の中で衝動が起きた。今、傷ついている華子に何を言うかで、今後の運命が決まるんじゃないか、そんな葛藤が俺の胸で交錯した。
 俺は心配そうにしている良平を一瞥し、華子に視線を向けた。
「は、は、華子!」
 俺は声を震わせながら、華子の瞳を見上げた。
「どうしたの? なんか今日二人とも変よ?」

――思考が……止まる!

「じ、実は良平と一緒に駆けっこしてたんだよ」
「え、駆けっこって?」
「それは……どっちが先に華子を怒らせるかって」
「怒らせるって……だから良平はあんなこと言ったってこと?」
 華子は呆れたように溜息をついた。
「そうそう。ちょっと悪い遊びだったな……って反省してるけど。だからあいつもそのうち謝ってくると思うから、あんまり気にすんなよ」
「本当二人とも変わらないね、全然大人にならないんだから」
 言葉ではそう言いつつも、華子は安心したように口角を上げて笑っていた。
 遠くから良平が驚いた顔をしている。俺は自分のヘタレぶりに苦笑した。
 これで両者決め手を欠き、告白は失敗に終わった。
 俺たちは互いにライバルだと言うことを知ってしまった。しかし互いに小心者だということも前から知っている。
 俺たちの戦いはこれからどうなるのだろう。それは今のところ誰にもわからない。
 小心者の俺たちが、華子のハートを射止める日は来るのだろうか。
 高嶺の花は、一層華やかに咲き誇っていた。
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いくつものエピソード

第二回文芸一角賞へ

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