『黄金時代』

 美しい女性と目があうと、僕はいつもあらぬ方向に目を向けてしまう。
 目をそらさなければ、ギョッとされるのは目にみえているし、そらせば不審に思われる。
 他の人の様子を観察してみたが、僕のように変に意識しているようにはみえなかった。
 僕はもうすぐ三十になる。もっと若い頃は、きっとそのうち慣れていくのだろうと思っていたが、一向にその兆しはみえなかった。
 僕は意識した分だけ女性に怖がられる。いつしかそんな性質を持つようになった。

 障害者生活支援センターという施設に八年前から通っている。そこにいて特別なにかあるわけではない。家でひきこもっているよりマシなのだ。
 机の上には、本が二冊、ポメラという電子メモ、資料ファイルが置いてある。最初に読書をして、余った時間にポメラで小説を書く。
「あら、凄いねえ、このマシーン」
 老婆が声をかけてきた。マシーンというのはポメラのことだろう。
「へえ小説書いてるの、努力家だあ」
「はあ、どうも」
 僕はどうにも対応の仕方がわからず、適当な返事をした。しかし、老婆がしきりにポメラを覗きこみ、自分の孫の話をしはじめると、だんだん煩わしくなってきた。
「夢をみるのは大変だよ。ほどほどにしないとねって、孫にもいってるの」
 そういって老婆は顔見知りをみつけたのか、向こうの机にいってしまった。
 ん……今、さりげなく夢を否定されたか?
 まあ、いいか。別段むかつきもしなかった。世の中にはいろんな形の夢があっていい。
 そういえば、あの老婆や男と目を合わす分には、なんら臆することもなかった。逆に美女に対しては二年間、顔を合わせていても、全然慣れないし怖がられる。これはいったいどうしたことだろう。
 彼女にしたいなんて思っていないのに。ただ普通にしていたいだけなのに。
 きっと本能のせいだ。僕が普通にしていたいと思っても、本能はかわいい女の子がみたい、みたいよ! と動いてしまう。本能には逆らえない。情けないことである。
 俗説では男が二十五歳を超えて童貞だと魔法使いになれるといい、某ハードボイルド作家はとりあえず風俗にいけという。きっと重大な境目なのだろうが、僕はもう考えるのも嫌になった。
 自分が女性と身体をあわしている姿が想像できない。こんな考えを持っている時点で駄目なのだろう。
 昔、何回かデートした女の子からは未だにメールが来る。酷いふられ方をしたが、友達としてならつきあっていきたいのかもしれない。二行くらいのメールでやりとりする。
 ポメラのキーボードを打ち続けると、三千文字ほどのまとまった文章になった。
 町田町蔵は中途半端に文章かじった奴の小説が一番つまらん、といっている。僕がまさにそうだと思った。ここのところ原稿用紙三十枚ほど書いた時点で、あまりのつまらなさに絶望し、中断してしまう。ときにライトノベルを書いたと思えば挫折して、全く関係ない私小説を書いていた。とても真面目に頑張っているとは言いがたい。
 小説以外にも、打ちこんでいることはある。WEB制作だ。しかしこちらは小説よりかんばしくない。デザイン力は素人レベルで、技術力も同様である。ネット上では僕より余程できる人がいくらでもいた。できない人を探す方が苦労した。
 二年間、仕事をしてきた。病を抱えながら、なんとか騙し騙しやってきたが、症状が酷くなって辞めることになった。
 世話になっている人たちから、頑張ったね、といわれた。誰も責めはしなかった。
 次どんな職につくかはわからない。WEBの仕事は無理だと思う。それでも今は好きなことをやっている。
「佐久本さんじゃないですか」
 一年後輩の大原君が声をかけてきた。僕より一回り大きな身体をしているが、おっとりとした性格でいろんな人から愛されている。
「久しぶりですね。どうしたんですか」
 大原君がそういってショルダーバッグを机に置く。
「いや、仕事辞めちゃってね。今、暇なんだ」
「そうなんですか」
 大原君とは僕が昔、通っていた施設で知り合った。爺さん婆さんばかりで若い人は少なかったので、よく話した。
「佐久本さん、今年、卓球大会負けちゃいましたよ」
「聞いてるよ」
 昔、僕は大原君と一緒に病院対抗の卓球大会で優勝したことがある。県下の患者の数は結構多いので、体育館を借りて本格的にトーナメント戦が行われた。僕らは狂ったように勝ちまくり、病院にトロフィーを贈ることができたのだ。
「あの頃が黄金時代でしたね」
 黄金時代。そういえばそんなこともあった。過ごしているときは鬱屈としていて、前がみえなくても、結果が残れば輝かしいものなのか。
「佐久本さん、もう施設にはこないんですか?」
 あの時は施設に通うしかなかった。自分にとっての居場所も、友達も、好きな女の子も、あそこにしかなかったのだ。
 あの頃も、女の子と目を合わせられなかった。
「いかないよ」
「えーそうかあ」
 大原君が残念そうに目を下げている。
 施設にいたから好きな女の子とも接することができた。卓球で(県下の病院施設の)頂点に立てたし、就職することもできた。
 だからこそ戻ってきてはいけない。先に進まなければならぬ。
「佐久本さん、3DS持ってます?」
 3DSとは任天堂が出した携帯ゲーム機のことだ。
「家にあるけど。大原君持ってんの?」
「マリオカートやってますよ。今度一緒にやりましょうよ」
 少年時代。ゲームさえあれば一日中遊べる時期があった。今では買ってもあまりさわらなくなってしまったが。
こういう場所で機会を設けて遊ぶのも、悪くないかもしれない。
 執筆に戻り、五千文字程、文章を打ち込んだ。すると胸に疲れを覚えた。
この感覚を僕は「サイン」と呼ぶ。これ以上やったら調子を崩してダメになる。病気の症状を表す目安だった。
 帰ろう。
僕は机に並べた創作用道具をビジネスバッグに詰め、支援員に挨拶をして外に出た。
 夕焼け空だった。
みていて涙が出そうになるくらい赤かった。足取りも速くなり、赤白のシューズでずんずん歩く。輝かしいと思った。
 バイク置き場でスーパーカブにキーを入れ、キックで起動させると、エンジンをふかし家に向かって走り出した。風に切られながら、過ぎ去っていく今に思いを馳せた。
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自作小説「挫折の先に」短編

鍛錬

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