『挫折の先』

 僕はパソコンの勉強をするとき、DVDを流し、音だけ聞く。そのために中古のDVDをいくつか買ってみたが「キッズリターン」と「遠い空の向こうに」のどちらかを流すことが多い。
「キッズリターン」はあの北野武監督の名作だ。挫折し、落ちぶれても、まだ先があるということを教えてもらった。
「遠い空の向こうに」はNASAのエンジニアの自伝だ。アメリカの高校生がロケット実験を成功させ、サイエンスフェアで優勝するサクセスストーリーである。
 NASAのエンジニアと自分を比べるのは無理があるが、それでも熱い思いになれる。頑張りたいという気にさせられる。
「おう、頑張ってるか」
 兄貴が仕事から帰ってきた。
「デザイン作ってたよ、どうかな」
「んーだめだ」
「そうか」
 兄貴は本職のデザイナーである。彼がそういうのだから大いに欠陥があるのだ。
 僕はWEBの勉強が好きだが、取り組んでいるわりに物にならない。
 それでも、どこかで勝ってやりたい。
 月に一度、福祉施設でパソコンボランティアが開かれていて、障害者手帳を持っている僕には参加権があり、頻繁に参加している。本当は僕が教えてほしいのだが、中途半端にパソコンができるせいか、教える側に回らざるをえない。
 Wordで挨拶文を作る方法。Excelで領収書を作る方法。簡単なパソコン操作など、色々と聞かれる。
 生徒たちが順調に勉強を進めているとボランティアは暇になる。僕は空いているパソコンに自分のデータをいれて、ホームページの微調整をはじめた。
 ださいのはわかる。作っている最中は最良の選択をしているつもりでも、完成してみると悪いところばかりが目についてしまう。
 かっこいい海外サイトを参考にしながら作ると多少マシになるが、劣化版にしかみえない。
 ある人によると、僕の作品は一目で僕が作ったとわかるらしい。それはなにを意味するかというと「全部同じ」ということだ。
 きっと僕はWEB制作が好きだけど「得意」ではないのだろう。得意でないことをなんとかしようと空回りしている感がある。
 でもどうだろうパソコンボランティアの生徒たちは、得意ではないことを必死で覚えようと頑張っている。身体すら満足に動かせない人でも、工夫を凝らして文字を打っているのだ。
 だから得意じゃなくても諦める理由にはならない。むしろ己に負担をかけるのは志の方ではないか。
「これ凄いですね。ホームページですか」
 見慣れない若い女性が話しかけてきた。少し身構えてしまったが、どうやら新しいボランティアだった。
「ええ、稚拙な作品ですが」
「そんなことないですよ、でもあえていうと」
 女性がメニューバーに指をさし「今どこのページにいるか、わかりやすい方がよくないですか?」といった。
「ああ、確かに……」
 僕はメモ帳ツールでその部分を直した。
 女性は昔、デザインの仕事をしていたらしい。本当は質問責めにしたかったが、彼女もいろいろやりたいことがあるだろう。自重して作業に戻った。僕は昔から人に依存しすぎるところがあった。
 不意に、胸が苦しくなった。僕の不調のサインは突然訪れる。こうなるともう家に帰って寝るしかない。
「帰りますね」
 インストラクターにそう告げると、僕は福祉施設を後にした。
 バイクで速度を落として帰る。家に戻ると飼い犬のコロがフェーフェーフィーフェーと鳴いていた。散歩に行きたくて仕方がないらしい。
 少し具合が悪いので、目を腕で押さえながら横になった。
 こうやって寝ているときが一番辛い。こういう時の僕にとって、休むとは具合の悪さと真っ向から戦うことなのだ。
 寝なければ治らない。しかし治るまでは苦しい。脳の異物感にノイズのように歪む視界。胸にまとわりつく不快感。いつも死を意識する。
「まあ、死ぬときなんてみんなこんなものかね」
 一時間経ち、ようやく独り言をいうくらいの余裕が出てきた。散歩用のジャージに着替え、コロを連れて散歩に行く。
 秋田犬のコロはでかい。ジブリの「もののけ姫」にでてくる「モロの息子」くらいの風格はある。
 今は亡き父は我が家の三男坊といっていた。僕としては弟ができたという感じはしないが、父の意志は尊重したいところである。
「お父さん、お前のこと三男坊だっていってたぞ」
 無駄に呟いてみる。犬には人間でいえば赤ん坊くらいの知能があるらしいので、ある程度はわかってくれるかもしれない。
 父が再起不能になった夜。コロは人が泣くように長い間、鳴いていた。コロにとってはあのとき父が死んだのだろう。
「お父さん、お前の嫁さんまで探してたんだぜ」
 僕はさすがにそこまで面倒見切れなかった。自分の彼女すらできないのにコロの見合いなど考えられない。申し訳ないところではあるが。
 町内を一周し、コロのフンをフン入れに回収したところで、家に戻った。
 同窓会の案内が居間の机の上に置いてあった。ビリビリと破いてゴミ箱に捨てた。
 昔のことなど思い出したくもなかった。それに比べれば今は悪くない。
 取り返しのつかない重荷を抱えていても、過去は過去なのだ。
 自分の部屋に戻ると、パソコンをつけて「遠い空の向こうに」をプレーヤーに入れた。
 聞きながら作業をしていると、作中で一番好きな場面がやってきた。
 一人先を行く主人公に、仲間三人が追いかけてくる。
「教えてくれ、ホーマー。俺たちがサイエンスフェアで優勝する確率は?」
「百万分の一だ」
「高確率だな。なぜそれを言わなかった」
 志はときに負担になる。でも、このシーンをみていると、涙が出てくる。
 僕は彼らみたいに少年ではない、むしろ挫折の先を描いた「キッズリターン」に通じるところがある。
 それでも、いつか僕もピカピカのロケットを飛ばしたい。どんな形であろうとも。
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自作小説「黄金時代」短編

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